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ロートブラット元会長逝去の報に接して

2005年9月1日
日本パグウォッシュ会議代表 大西 仁(東北大学理事)

サー・ジョセフ・ロートブラット パグウォッシュ会議元会長ご逝去の報に接し、日本パグウォッシュ会議一同、心より哀悼の意を表します。96歳とご高齢であり、最近とみにご病状が悪化したとも伺っておりましたので、覚悟は致しておりましたが、今、私共は、改めて深い悲しみと大きな喪失感を懐かずにはいられません。

ロートブラット氏には、核兵器廃絶と世界平和の実現に関して、少なくとも次の2つの特筆すべき事績があります。第一に、氏は、第二次世界大戦中に米国で進められていた核兵器開発プロジェクトである「マンハッタン計画」に、若き物理学者として一旦は参加したものの、1944年末に、敗戦間近のナチ・ドイツがもはや核兵器を開発することはあり得ないのだから、これ以上核兵器開発を続けるべきではないとの理由から同計画を離脱しました。ロートブラット氏は、そのような理由で「マンハッタン計画」を離れた唯一の科学者でした。

第二に、ロートブラット氏は、1955年7月に出された、「ラッセル・アインシュタイン宣言」に原署名者として加わり、この宣言を基に1957年にパグウォッシュ会議が創設された際にも、バートランド・ラッセルを支えて、中心的役割を果たしました。爾来、死を迎えるまでの48年間、氏は、一貫してパグウォッシュ会議の運営の要として、又、精神的支柱として、同会議を導き、核兵器廃絶と世界平和の実現のために多大の貢献をしました。氏のこのような功績を世界が広く認めていることは、1995年に、パグウォッシュ会議とロートブラット氏がノーベル平和賞を共同受賞したことからも明らかと言えるでしょう。

ロートブラット氏は、稀に見る理想主義者であると同時に、卓越した現実主義者でした。氏は、「ラッセル・アインシュタイン宣言」の核兵器と戦争の廃絶という理想を信じ、その理想の実現のために、いささかもゆるぐことなくねばり強く「一人の人間として、人間に向かって」訴え続けました。その半面、透徹した観察力とバランスの良い判断力を駆使して世界情勢を分析し、パグウォッシュ会議をリードしました。冷戦期以来、パグウォッシュ会議が、国際世論ばかりでなく、各国政府や国際組織の安全保障政策・決議に独自の少なからぬ影響力を発揮し続けることができたのも、氏のこのような優れた指導力に負うところが大きかったと申せましょう。

ロートブラット氏の晩年は、多くの人々から敬愛され、名声に包まれていましたが、日常生活は、極めて勤勉で質素なものでした。氏は、ロンドンの庶民的な住宅地にある、古びたこじんまりした自宅で、毎日、うず高く積まれた本と書類の山に囲まれながら思索を重ね、文章を書き続けました。そして、96歳の誕生日を迎えた昨年秋まで精力的に世界中を行脚し、会議や集会に出席して、講演・発言を熱心に続けてきました。

ロートブラット氏は、日本も度々訪れ、日本の国民がヒロシマ・ナガサキを忘れず、核兵器廃絶を世界に向かって訴え続けていることへの感動と讃嘆の気持を率直に述べると共に、平和憲法の重要性も繰り返し力説していました。ロートブラット氏が日本に対してそのような特別な思いを懐いていたにもかかわらず、本年7月に広島で開催された第55回パグウォッシュ会議年次大会は、生前に氏が出席できなかった唯一の年次大会になってしまいました。氏は、病床から同年次大会の開会式に向けて挨拶文を送って下さいました。その中で、氏は、これまで54回の年次大会に欠かさず出席してきたのに、今回初めて欠席することになったのは大層残念だと語っています。さらに、「冷戦の終焉は人々に安堵感をもたらしましたが、現実には、核兵器が紛争で使われる可能性は、これまでになく高いのです。」と警告しています。そして恐らく、これが、氏の世界に対する最後のメッセージになりました。

ロートブラット氏にとって、核兵器廃絶の実現を目撃することなく世を去るのは、大きな心残りだったことでしょう。しかし、氏は、生前、未来への希望を決して失うことがありませんでした。人類がいつか核兵器と戦争の廃絶を実現することを信じて、とりわけ若い世代に、飽くことなく理想と信念を説き続けました。氏が「若手パグウォッシュ会議」の育成に情熱を傾けていたのは、その一つの表れでした。

私共、日本パグウォッシュ会議は、世界中のパグウォッシュ会議の仲間と共に、ロートブラット氏の遺志を受け継ぎ、今後も、一人ひとりの「人間として、人間に向かって」核兵器と戦争の廃絶を訴え、その実現のために全力を尽くして参る所存です。最後に、ラッセル・アインシュタイン宣言のこの言葉を胸に、ロートブラット氏のご冥福をお祈り申し上げます。「他のことは忘れて、あなたが人間であることを思い出して欲しい。」

※ロートブラット氏の、第55回パグウォッシュ会議年次大会に寄せたメッセージ「会議参加者への歓迎挨拶」(2005.7.23)については、http://www.pugwashjapan.jp/news/hiroshima2005_Rotblat.html参照。

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